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2026年9月5日スタッフブログ
老いを認める
還暦を過ぎましたので体のあちこちにダメな部分が出てきています。以前は何の心配もなく運べていた品物が急に重く感じたり、あちこち痛くなったり・・・。おかげさまで頭の方は何とか人並みに働かせることができておりますが、それでも若いころと比べるとだいぶん衰えているんだろうなぁと思っております。
先日、女優でありエッセイストでもあった岸恵子さんが亡くなったという報道を目にしました。在りし日(と言っても80歳くらいの頃)のお姿を見て愕然としました。確かに昔からおきれいな方だったようですが、年齢を重ねてもなお上品な雰囲気があります。
「そりゃあ元々お綺麗なんだもの、我々とは全然レベルが違うでしょ?」
でも姿勢や語り口などご本人も気を付けておられたのだと思いますし、自分を高めることに余念がなかった証なんだろうなと思います。人となりは外見だけではなく内側からにじみ出るものなんだろうなぁとつくづく実感した次第です。
「美容整形」の施術が当たり前のように受けられる時代になりましたので、ある程度外見を若く見せることが可能になったそうです。これもアンチエイジングの一つなのだと思いますが、正直私には奇異に見えて仕方がありません。若いころを同じように輝いていたい。なんならあの頃よりももっときれいに見られたい。その思いは十分理解できますが、それを物理的に強制するのはいかがなものなのかと。
「老いを認める」ことは「負い=負けを認める」ことなのでしょうか?老いというのは時間の経過であり人生の積み重ねの結果です。老いに抗うことが自分が今まで過ごしてきた人生を半分否定することになりはしないか?
死生観が常にそばにある仕事をしておりますが、何事も穏やかに過ごしていける礎というのは自分の外観から始まるものではないように思います。今までできていたことができなくなる。若いころのような輝くような外観が失われる。それは決して「負け」ではないと思います。家族や友人などの人間関係、そして人生経験・・・時間の経過と引き換えに手に入れた貴重な財産があるはずです。大事にするのはそこなのではないかと思います。もちろん老いた自分を受け入れた結果として失望することがあってはなりませんが、気の持ちようで高年齢になっても充実した時間を過ごせることは不可能ではないように思います。
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